2009年6月28日 (日)

尿道球腺について

影虎の散歩をしていると散歩仲間の黒ラブ♂未去勢と出会った。仲が良い散歩仲間だ。

すると陰茎の根元に瘤があった。たぶん、尿道球腺の瘤であろう。

尿道球腺とは、犬が交尾をするときに外れないようにロックするようなものと考えれば良いだろう(笑)。

影虎の穴の臭いを嗅いで・・・・・・

信頼できる獣医の診断を受けるようにアドバイスしときました。

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2009年5月16日 (土)

寝る犬

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なぜ、そんな姿勢で寝るのか。

地球上の生き物の中で初めて宇宙へと飛び出し、生きて帰ってきた旧ソ連のベルカやストレルカと同じ種族であろうに・・・。

まぁ、幸せなのがなによりだね。

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飼い主が似るか、愛犬が似るか

愛犬、やっぱり飼い主似という題でニュースが掲載されていた。

記事によれば

関西学院大文学部の中島定彦教授(動物心理学)らの研究グループが実証実験で確かめた。中島教授は「犬と飼い主がなぜ似ているのかは分からない。見慣れたものに好感を抱く心理があり、飼い主が自分に似た犬を選んでいる可能性が高い」と話している。

とのことだ。

確かに愛犬「影虎」は私に似ている。

妻が愛犬の散歩の最中に散歩仲間から「大学生くらいの息子さんがいらっしゃるんですね、先日、影虎・蘭丸くんを連れて散歩していましたよ」と言われたことがある。

我が家に大学生の息子なんていない。散歩仲間が見たのは、私(40杉のおっさん)なのだ。(笑)

若く見られるのも嬉しいが、影虎同様、見ように若く見られるのも困ったものだ。

まぁ、そういう意味の記事ではないのだけど・・・(汁

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2009年5月10日 (日)

犬の目線

いったい、彼はどこを見ている。

飼い主の飯か・・・・

Image

うらめしそうな顔だな・・・。

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2009年2月16日 (月)

写真

今日は、蘭丸と影虎の若いころの写真をなんとなくあげてみたりする。

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2009年1月25日 (日)

せめて、犬らしく

昨年から、近場のショッピングセンター内にあるペットショップを見て歩く事が多くなった。

近頃の流行は小型犬らしく店内のケージの殆どには小型犬の子犬が陳列されていた。

変だなと思ったのは、純血種でもない犬に変な犬種名をつけて販売していることだった。正直、笑った。

残念だと思ったのは利口そうなジャーマンシェパードが狭いケージに入っているのを見かけた事。ペットショップでジャーマンの子犬自体がめずらしいのだけど、窮屈そうで可哀そうだった。

ペットショップの犬を観察していて、

         ・・・あることに気が付いてしまった。

私が飼養してきた愛犬達は寝ている時に口を『チュッパチュッパ』とする事がある。これは、子犬の頃を思い出しているのだという説を聞いたことがある。実に微笑ましいなぁと思っていた。

しかし、愛犬達を観察していると不思議な点に気がついたのだ。故蘭丸は寝ているときに口を『チュッパチュッパ』としている時に、手も何かをつかもうとしているかのように動かしていた。しかし、影虎は手を動かしてはいない・・・。

結論を述べると子犬のころから兄弟犬と母犬と過ごしてきた蘭丸は、母犬の乳房を『チュッパチュッパ』する夢を見ていた可能性が高い、しかし、ペットショップ出身の影虎は、ペットショップのケージに付いている水飲み用のタンクから伸びる管を『チュッパチュッパ』する夢を見ていると考えられる。

子犬のうちくらい、『せめて、犬らしく』暮らせるような世の中になればいいのになぁと思う。

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2008年11月 5日 (水)

瞬間、心、重ねて

私は、『視える』というのは、光が物体に反射して瞳に飛び込んでくるから物理的に存在するものが視えるのだと思う。『視える』というのは簡単に書けばこんなものだ。

蘭丸が旅立って3週間ほど、物理的に存在しない蘭丸が見えてしまい苦しかった。

例えば、朝夕の通勤時、近所の公園を曲がるとき蘭丸が散歩から帰ってくるような幻覚を見た。

例えば、深夜帰宅して廊下の奥に蘭丸がひっくり返って寝ている様子を見たような気もした。

例えば、ふと部屋の隅を見たときに蘭丸が座ってこちらを見ているような気がした。

例えば、影虎に『散歩』の声符を出すときに蘭丸も体をくねらせ、ワセワセと玄関に出てくるような気がした。

普段の私の生活の中に、その全てに蘭丸が現れた。

私の脳が蘭丸を認識してしまうのだ。

存在しないはずのものが見える。

それが、私の『静止した闇の中』の始まりだった。

少し前に流行した歌に山崎まさよしの『One more time, One more chance』の詩に有ったように何故か、一生懸命に蘭丸を探す自分がいる事に気がつくのだった。

私はきっとそれほどまでに、彼を愛していたのだと思う。

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2008年11月 1日 (土)

影虎、心のむこうに

『仲間を集めるとき』『さみしい時』犬は遠吠えすると言います。単純に、『遠吠え』とは、群れを求めている行動であるそうです。犬の行動学の本によればリーダー不在の時、どこにリーダーがいるのか確認したりお互いがどのくらいの距離が離れているか確認する為に遠吠えをするそうです。

近所の犬がサイレンや他の犬の遠吠えに反応しても遠吠えした事が無かった影虎が、蘭丸が旅立って30日目の深夜、突然、遠吠えをしました。

私や家族が知る限り、影虎が我が家に来て初めての遠吠えだと思います。この遠吠えが発信なのか受信なのか、私にはわかりません。

とても悲しげで、人間が聞いても胸に沁みる遠吠えでした。

影虎が、常にそこに存在しなければいけない者が今でも存在する事の確認を試みているような、もしくは、影虎なりに去りゆく者への哀悼のような、考え付く全ての気持ちを込めて常陸野の丘陵に向かい遠吠えをしているかのように聞こえました。

蘭丸が旅立った後でも、平気そうに装う影虎の心のむこうには、大きくて優しい蘭丸が常に存在しているのでしょう。

蘭丸と影虎、この2頭を飼養して良かった。

実の兄弟以上の信頼と友情、群れとしての意識が有ったのだと感じました。

今日は、影虎の様子の変化を紹介しました。

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2008年10月27日 (月)

静止した闇の中で

蘭丸が旅立ってから物理的な時間だけが流れ、私の精神的な時間経過は蘭丸が旅立ったあの瞬間から静止したままでした。

最近になり、ようやくペットロスとかいう状態から抜け出し自分の考えや気持にも整理がつきました。

本日から数回にわたり、静止した闇の中で私自身が経験したことや影虎の謎の行動を紹介していきます。

私たち家族がペットロス・・・・というよりは蘭丸を失った事から這いあがれたのは影虎の存在のおかげであった事を追記します。

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2008年9月28日 (日)

相思相愛

7月8日に旅立った愛犬 蘭丸に送る。

生きているものには必ず旅立ちが訪れます。

犬の十戒の十番目の英文と日本で広まっている一般的な和訳を以下に示します。

Go with me on difficult journeys.

Never say, "I can't bear to watch it ." or " Let it happen in my absence."

Everything is easier for me if you are there.

Remember I love you.

最期のお別れの時には、どうか私のそばにいてください。

「つらくて見ていられない」とか「立ち会いたくない」とか

そんなこと、言わないでほしい。

あなたがそばにいてくれるなら、

私は、どんなことも安らかに受け入れます。

そして、どうぞ忘れないで。

私がいつまでも、あなたを愛していることを。

君は私や私たち家族を理解してくれたと思う。

私たち家族が君を愛していたように君も私たち家族を愛してくれていたと思う。

私は常陸野の丘陵に風が吹くとき、

風の中に君の力強く優しい気配を感じます。

常陸野の丘陵に吹きわたる風が木々を躍らせるとき、

君が私のそばに凛とした姿勢で居ることを感じます。

そして、この常陸野の丘陵の上に広がる星空を見るとき

私は君とアイコンタクトができる事を感じます。

私や家族を癒してくれた、あの優しい穏やかな君の微笑みは

この常陸野の丘陵と共に永遠だと思う。

Remember I love you.

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